『葬送のフリーレン』主題歌・挿入曲が胸に残る理由― YOASOBI「勇者」からミセス「lulu.」までを考察―

葬送のフリーレン

『葬送のフリーレン』のアニメを思い出すとき、
決まって、頭の中を主題歌が流れてくる。

名台詞でも、戦いの場面の記憶でもない。
物語の「始まり」と「終わり」に
静かに流れていた、あの旋律だ。

『葬送のフリーレン』の主題歌やエンディングは、
にわかに場面を盛り上げるための音楽ではない。

それらは、
物語の中で言葉にされなかった感情を、あとから受け取るための音楽だ。

勇者を失ったあとの時間。
別れた人への想いを抱いたまま続いていく日々。
そして、人を知ろうとする旅の途中で生まれる、小さな変化。

そのひとつひとつに、
音楽は名前をつけず、
ただ、そばに寄り添ってくれている。

だから私たちは、
物語を観終えたあと、
歌を聴き返しては、何度も気づいてしまう。

「ああ、この曲は、この感情のために流れていたのだ」と。

この記事では、
『葬送のフリーレン』の第1期から第2期にかけての主題歌・エンディングテーマそれぞれの持つ意味について、私なりに考察してみた。

フリーレンの主題歌・エンディングの魅力をもっと知りたい方は、ぜひ一度読んでもらいたい。

第1期 主題歌「勇者」が語っていた「別れのあと」

『葬送のフリーレン』第1期の物語は、
勇者が魔王を倒した、その「あと」から始まる。

多くのファンタジーなら、
そこでエンディングを迎えるはずの場所だ。
拍手と祝福の中で、物語は幕を閉じる。

けれど、この作品は、そこから始まってしまった。
そして、その異質さを、
最初の一音で理解させてくれたのが、
YOASOBIの歌う「勇者」だった。

正直に言おう。

この曲なしに『フリーレン』は語れないと言っていいほど、
フリーレンファンとして大好きな曲だ。

個人的には、歴代の主題歌の中で一番の名曲だと思っている。

「勇者」という言葉を聞くと、
私たちは無意識に、勝利や栄光を思い浮かべる。
剣を掲げ、称えられる姿を想像してしまう――。

けれど、この歌が見つめているのは、
その瞬間ではない。

描かれているのは、
もう会えなくなってしまった、そのあとに残された時間だ。

歌詞に満ちているのは、
誇りではなく、後悔。
達成感ではなく、
「もっと話しておけばよかった」という、
取り返しのつかない気づき。

フリーレンが旅に出た理由と、
この歌が鳴り始める理由は、
驚くほど、同じ原点であることに気づかされる。

勝ったあとに、何を失ったのか。
そして、失ってから人は何を知っていくのか。

「勇者」というこの曲は、
『葬送のフリーレン』の物語のテーマを、
最初から、はっきりと教えてくれているのだ。

EDが変わらなかった意味|milet「Anytime Anywhere」

『葬送のフリーレン』第1期は、2クール構成だった。
物語が進み、視点が変わり、
オープニングは途中で新しい曲へと切り替わった。

けれど、
エンディングだけは、最後まで変わらなかった。

それが、
milet(ミレイAnytime Anywhereだ。

初めて聴いたときは、
静かで、優しい雰囲気だが、あまり存在感がない曲だと思っていた。
けれど、話数を重ねるごとに、
この曲が頭から次第に離れなくなっていく――。

この曲に込められた意味が、私の中で少しずつ変わってきたからだ。

この曲は、別れを悲しみとして描いたものではない。
涙を強要することも、感情を煽ることもしない。

ただ、確かに伝わってくるのは、
「離れていても、想いは続いている」
「時間や距離が変わっても、関係は消えない」

というメッセージだ。

クールをまたいで、この曲が使われ続けたのは、
制作側の一貫して伝えたい”真実”があったからだ。

それは、
悲しみを克服することでも、
忘れて前に進むことでもない。

”悲しみを抱えたままでも、日常は続いていく”
という真実にほかならない。

このエンディングテーマは、この静かな真実を
毎話変わらずに渡してくれていたのだ。

だからこそ、
エンディングが流れるたび、
「次へ急がなくていい」と思えたのかもしれない。

「Anytime Anywhere」は、
フリーレンの旅の終わりを締めくくる歌ではない。
旅が続いていることを、そっと確認させてくれる歌だったのだ。

第2クールOP「晴る」が示した時間の前進

第2クールに入ったとき、
オープニングの空気は、はっきりと変わった。

その変化を担ったのが、
ヨルシカ「晴る」だ。

最初にこの曲を聴いたとき、
テンポのいい曲にもかかわらず、
私は「気持ちが軽くなった」という感覚は、不思議と感じなかった。

むしろ、胸の奥にある重さを、
そのまま抱えている曲のように感じた。

夜が終わり、朝が来る。
けれど、それは、
悲しみが消えたという意味ではないのだ。

朝が来ても、
思い出は消えない。
失った時間は、二度と戻らない。

それでも、人は歩き始める。
昨日の重さを、少しだけ抱えたまま――。

「晴る」が肯定しているのは、
前向きさではなく、
それでも人は前へ進んでしまうという事実だ。

回想に多くの時間を割いていた前半から、
物語は、ゆっくりと「今」へ重心を移していく。

フリーレンが、
過去を忘れたわけではないことを、
この曲は、最初から理解していた。

だからこそ「晴る」は、
眩しすぎない。
救いを押し付けない。

それでも確かに、
同じ場所に立ち止まり続ける物語ではないことを、
静かに教えてくれている曲なのだ。

第2期 主題歌「lulu.」と感情の変化

第2期のオープニングが流れた瞬間、
私は、少しだけ奇妙な違和感を覚えた。

――ここから、物語が変わる。
そんな予感が、音の輪郭から明らかに伝わってきたからだ。

第2期の主題歌は、
Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)「lulu.」

言わずと知れた日本の大人気アーティストで、
この曲もきっと、多くの人々に愛される曲になるのだろう。

けれども、私はこの曲がどこか、
これまでの『フリーレン』の主題歌とは、少し違った雰囲気を感じた。

この曲が歌っているのは、
これまでの主題歌が見つめてきた「失った誰か」ではない。

これから先に出会う者たちと、どう向き合っていくのか

まだ形にならない感情、
うまく言葉にできない想い…。

ここで描かれているのは、
別れの痛みではなく、
関係を築こうとするそのものの難しさだ。

フリーレンは、第1期で「失った時間」を知った。
そして第2期で、
その時間を、誰かとどう共有するかを学び始める。

「lulu.」を聞くたびに感じるのは、
やさしさと同時に、かすかな緊張感である。

人を知ろうとすることは、
救いではない。
時に、痛みを伴う。

それでも、関わらざるを得ない”
その衝動こそが、
第2期のフリーレンを突き動かしている感情なのだと思う。

第1期が「過去を振り返る旅」だったのなら、
第2期は、
誰かの隣に立とうとする旅だ。

「lulu.」は、その一歩目を、
たしかな音色で、示してくれているのだ。

第2期ED「The Story of Us」が束ねたもの

第2期のエンディングを締めくくるのは、
再び、milet(ミレイ)の歌だった。

曲名は、「The Story of Us」

このタイトルを目にした私は、
その意味について、頭の中で想いを巡らせた。

「私」ではなく、「私たち」
この物語が、
どこへ向かおうとしているのかが、
その言葉だけで、静かに伝わってきた。

第1期のフリーレンは、
どこか一人で歩いていた。
誰かを想いながらも、
その距離の測り方が、わからなかった。

けれど第2期では、
旅をする者と、見送る者。
過去を抱える者と、未来へ向かう者。
それぞれの時間が、少しずつ重なり始める。

「The Story of Us」が語っているのは、
劇的な出会いでも、
運命的な結末でもない。

違う時間を生きてきた者同士が、
それでも同じ物語の中に立ってしまうこと。

その事実を、
この曲は、優しくも逃がさずに伝えてくる。

エンディングでこの歌を聞くたび、私は思う。
この旅は、もう「一人の物語」ではないのだと。

第2期で描かれていくのは、
単なる物語の結末ではなく、
それぞれが紡いでいく関係性にほかならない。

そしてmiletのこの歌は、
その関係性を、
「物語」と呼んでいいのだと、そっと肯定してくれているのだ。

挿入曲・劇伴が語らなかった感情

『葬送のフリーレン』の音楽を、
もう一度思い返してみると、
不思議なことに気づく。

心に残っている場面ほど、
「音楽が何をしていたか」を、
はっきりと思い出せないのだ。

劇伴を手がけたのは、
Evan Call(エバン・コール)

彼の音楽は、主張しない。
感情を導こうともしない。
むしろ、
無音と溶け合うように、そこに在る。

盛り上げるための旋律は、ない。
涙を誘うためのフレーズも、ほとんどない。

その代わりに残されているのは、
言葉にならなかった想い。
口にできなかった後悔。
そして、誰にも届かなかった感情の余白だ。

この作品の音楽は、感情をあえて説明しない。
「悲しみ」も「感動」も、決して誘わない。

観る者に、自分の”時間”や”感情”を重ねるための時間を与えようとしているからだ。

だからこそ、
音楽のない、沈黙のシーンに、
私たちはそれぞれの違う感情を重ねてしまう。

挿入曲や劇伴は、
物語の感情を運ぶための音楽ではない。
感情が入り込むための、静かな場所に過ぎないのだ。


まとめ|音楽は、物語のあとを生き続ける

『葬送のフリーレン』の音楽は、
物語を盛り上げるために、用意されたものではない。

それは、
物語の中で生まれた感情が、
行き場を失わないようにするための、
ひとつの居場所なのだ。

主題歌は、
別れのあとに残された時間を歌い、
エンディングは、
その時間を生き続けることを肯定した。

そして劇伴は、
”あえて何も言わない”空白を与えた。

けれど、その沈黙の中で、
私たちは、自分自身の記憶や感情と、
静かに向き合うことになった。

だから、
ふとした瞬間に、また聴きたくなる。

通勤途中で。夜更けの部屋で。
理由もなく、思い出したときに。

『フリーレン』の音楽は、
この物語が、私たちの中に生き続けていることを
そっと寄り添って教えてくれている、一つの魔法なのかもしれない。

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